道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

当カテゴリーでは、清代の道士・劉一明が著した道家易の原典『周易闡真(しゅうえきせんしん)』の研究と、それを現代の日常に落とし込んだ実践録を公開しています。

一般的な易経が「吉凶を占う」ことを目的とするのに対し、道家易は内丹思想(道教の身体的・精神的錬金術)をベースとし、陰陽のエネルギーを調和させて「本来の自分に還る」ための修真(自己修養)を目的としています。

ここでは、難解な古文献の思想を「仙人になるため」のオカルトとしてではなく、現代社会のストレスや複雑な人間関係を生き抜くための「リアルな生存戦略(マインドフルネス)」として読み解きます。理論を学ぶ「原典解読」と、日々の生活に適用する「日筮(毎日の占い)」の二つの視点から、道家易の深い叡智をお届けします。

道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

【道家易日筮】景を見て随うな。感じて動く日は、聚まりを大きくしない

沢山咸の三爻は、景を見て情が動き、止まらず随う火候です。之卦の沢地萃は聚まり。随った輪を誠の集いと取り違えない。吉凶ではなく進退の加減として読む道家易日筮。
道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

【道家易週筮】映画も遠出も行ってヨシッ! ただし、忙しい自分とは同一化しない

9月7〜13日。映画と遠方のイベントで、思ったより忙しい週になる。行ってよいのは用事だけ。忙しい自分とは同一化しない。序盤の波に主義を載せない。中盤に約束を足さず、週末に新しい端を作らない。これから先の火候であり、吉凶占いではない。
道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

【道家易検証】真夜中のドブさらいが『困』だった週。説明より先に、流れを通した夜

8月31日〜9月6日の週筮を終えて振り返る。用水路の雑草に流れを止められ、敷地へ水が溢れた。当時の制止は、窮屈さを説明でほどくな、だった。残ったのは、真夜中に根を剥がし翌朝水が引いた事実だ。当たった/外れたの採点ではない。
日筮:『周易闡真』で読み解く本日の火候とロードマップ

【道家易実践】まだ楽な夜ほど発言を足さない。働いたあとは、受けて帰る

四連勤2日目の「疲れはまだ少ない」は、地山謙から坤為地へ向かう火候です。余力を夜の会合の手柄にしない。働いても外に置かず、終わって地に還る。吉凶ではなく進退の加減として読む道家易日筮。
道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

【道家易日筮】問題はない。だからこそ初日に新しい戦いを足さない

「とくに問題はない」四連勤初日は、雷火豊から沢火革へ向かう火候です。満ちたように見えても明を使い切らない。人を変えず、己の旧い力みだけを置く。吉凶ではなく進退の加減として読む道家易日筮。
道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

【道家易日筮】休めた気を、四連勤の先取りに使うな。連休後半は渡河しない

二連休後半の「休めた/明日は四連勤」は、沢風大過から天風姤へ向かう火候です。休みの余りを先取りに使わず、頭で連勤を泳がない。小さな憂鬱は払わず、今日は過ぎない。吉凶ではなく進退の加減として読む道家易日筮。
道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

【道家易週筮】略筮で出した今週を無効にするな。検証の穴を多言で埋めない

8月31日〜9月6日。略筮と検証の書き忘れが、内側の窮屈さになっている。説明でほどかず、出た卦を無効にしない。中盤の用事だけ先に決める。犬のトリミングと歯科は新しい事端ではない。挽回作業は重ねない。これから先の火候であり、吉凶占いではない。
道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

【道家易】ギリギリ解けたことを成果にしない。二連休初日は鳴らさず升(のぼ)れ

二連休初日の「昨夜ギリギリ解消」は、地山謙から地風升へ向かう火候です。解けたことを成果にせず、無を示して低く歩く。升るなら順って徐々に。吉凶ではなく進退の加減として読む道家易日筮。
道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

【道家易日筮】今日を乗り切れば休み。だからこそ、残りの気を空にしない

四連勤最終日の「乗り切れば休み」は、地沢臨から水沢節へ向かう火候です。陽が出揃ったように見えても、虚のまま臨む。限度を置き、苦しい我慢で一日を閉じない。吉凶ではなく進退の加減として読む道家易日筮。
道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

【道家易】四連勤3日目は臨んでも急がない。忘れた記事を気合で出さない

四連勤3日目の筋肉痛と書き忘れた検証は、地沢臨から地水師へ向かう火候です。陽が出始めたからといって急がない。感じるのは正だけで、律なく場を出さない。吉凶ではなく進退の加減として読む道家易日筮。