【道家易日筮】休めた気を、四連勤の先取りに使うな。連休後半は渡河しない

イーチンタロット 沢風大過 天風姤 道家易:本来の自分に還る『周易闡真』の実践録

9月3日(水)道家易日筮

  • 本卦(現在の状況・土台):【沢風大過】
  • 変爻(本日の焦点・動的なエネルギー):【上爻】
  • 之卦(向かいつつある傾向): 【天風姤】
  • 本日の予定:二連休後半。矯正歯科の定期診療。明日から四連勤。
  • 現在の情況・心境:ゆっくり休めたが、明日からの四連勤がちょっと憂鬱。

休めた気で、明日からの連勤を泳がない

今日の流れは、【沢風大過(たくふうたいか)】から【天風姤(てんぷうこう)】へです。大過は陽が陰に過ぎる。棟(むなぎ)が橈(たわ)む象。動いた上爻は「過ぎて渉りて頂を滅す」——水を渡りすぎて頭まで没する。上爻が動くと上が乾になり、姤になる。火候(エネルギーの進退)としては、休みの余りを四連勤の先取りに使わず、頭の中で連勤を渡らない日です。

卦の要点

大過は巻二、薬物(統合すべき対立する二つの働き)を調和し、実には必ず虚を用いる。陽が盛んすぎ、陰が弱すぎると棟は折れる。止足を知り、大によく小であれ、です。上爻はその終わりで、火候を知らず心のままに造作する柔の大過。凶は自ら招く。人の咎ではない。

之卦の姤は巻三、一陰が五陽の下に萌す。勢いは微かでも、養えば壮んになる。軽々しく遇い合わない。休めたあとの「ちょっと憂鬱」が、その小さな陰です。払う対象ではなく、先取りで養う対象でもない。

技法層:劉一明の原意

  • 沢風大過:陽気に過ぎるところがある。内四陽・外二陰。楽が極まって悲しみを生ずる。大畜のあとを受け、陽気を過ぎさせないことが前提だった。過ぎて止足を知らなければ神室に傷がつく。巽(したが)って猛に過ぎず、和緩にして固執せず、往くところあるに利し。
  • 上六「過ぎて渉りて頂を滅す、凶、咎なし」:大過の終わり。愚かにして自ら用い、薬物・火候を知らず、迷って返らず、昇らせること高く傷つけること甚だしい。自ら凶を招く。人にとっては咎なし。柔にして妄想する大過。
  • 天風姤:一陰が初めて下に生じ五陽に遇う。陰なきことはできず、陰を縦にすることもできない。一陰萌(きざ)しの時は謹慎して防制し、滋長蔓延(じちょうまんえん=好ましくない物事や悪い傾向などが、だんだん育って広がっていくこと)させるな。

今日の火候は、休みの陽をさらに進めることではない。渡りすぎを止め、萌した陰を早めに大きくしない。

実存層:今日をどう過ごすか

二連休後半は、休みが「足りた」と感じやすい地点です。そこに明日からの四連勤が乗ると、やりやすい誤読は二つです。「休めたから、今日のうちに仕事を頭で始める」「憂鬱を消すために、今日を埋め尽くす」。どちらも過渉です。頭まで没してから、四連勤に入ることになる。

  • 休みの余りを先取りにしない。 休めたことは事実。明日の出力の前借りではない。
  • 憂鬱を払わない。 小さな陰として置く。話して解消しようとしない。診療の場にも持ち込まない。
  • 矯正歯科は用事の大きさのまま。 新しい戦いでも、連勤の予行でもない。
  • 今夜、頭だけ出勤しない。 四連勤の段取りを今日完成させない。 が渡河になる。

「本来の自分に還る」は、連勤に負けない備えを今日仕上げることではありません。過ぎた陽を止め、薄い陰を養わないことです。還れたかは、今日は問わない。

道家易からの学び

大過の上爻は、柔が妄想して渡る象です。剛の突撃ではない。休みの日の考えごとが、いちばん棟を橈ませる、という形です。姤が巻三で処世に開くとき、戒めは微を制することです。四連勤そのものが凶なのではなく、今日のうちに四日分を渡ることが過ぎです。

柔順は、憂鬱に従うことではありません。渡りすぎないことです。虚静は、連勤を忘れろということではなく、休めた有で中を満たし切らないことです。無為自然は、診療を欠席することではなく、連休後半に次の戦いを始めないことです。

今日の一行

渡るな。休めた気で明日を泳ぐな。憂鬱は小さく置いたまま帰れ。

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