【天風姤】三爻変【天水訟】(姤之訟)
- 本卦(物語の土台)【天風姤】三爻変
- 之卦(変化の行く先)【天水訟】
- 互卦(内実を表すもの)【乾為天】
- 綜卦(異なる視点から見えるもの)【沢天夬】
- 錯卦(裏に潜むもの)【地雷復】
どうも、平尾です。
ついに『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を見ました。

評判どおり、大変かわいらしく、それで奥深い物語でした。
この映画について、様々な専門家がご自身の視点で解釈された動画や記事などがよく目に入ります。
国際政治学者は「戦争を描いている」といい、哲学者は「罪と罰の物語」と語り、法律家は「自力救済が巻き起こす負の連鎖」を訴え、共産主義者は「なぜ革命を起こさないのか!」と憤る、みたいな。
そしてそれらの言説に刺激を受けた俺は、浅学ながら「易経でちいかわを読み解いてみよう」と考えたのです。
ただ、これは占いではありませんから、サイコロを振って卦を立て、そこから読み解く、みたいなことはしません。
易経六十四卦から物語のテーマに沿った卦をチョイスし、それを元に分析していく、という形を取りたいと思います。
分析の前に…
大変申し訳ないのですが、ここではいつもの占い記事と違って「読者には最低限『易経』の知識がある前提」で書かせていただきます。
でないと、大半が用語の解説になってしまいますので。
よろしければこちらの動画を先に見ていただき、なんとなく易の仕組みや用語なんかを学んでいただければ幸いです。
『Floating Storys』さんのこの動画、めちゃくちゃわかりやすいのでおすすめです。
あとシンプルに面白いです。
全部見ていただくのが理想ですが、せっかちさんは4:03~、6:13~、8:15~のチャプターだけでも見ていただければと思います。
それでは早速見ていきましょう。
あ、ネタバレありですので、見てない人はいますぐ映画館へ走れ!
本卦【天風姤】魅力的な話に出会い、違和感を無視する

魅力的な話と出会う
易経の解説書『十翼(じゅうよく)』のひとつ『彖伝(たんでん)』にこうあります。
「姤(こう)は遇(あ)うなり」
すなわち【天風姤(てんぷうこう)】は『出会い』を意味する卦となります。
これは人と人の出会いだけでなく、物事に遭遇することも指しますから、映画に沿って解釈するなら
「魅力的な話が舞い込む」
と読んでいいでしょう。
しかし彖伝はさらにこう続きます。
「用(もっ)て女(じょ)を娶(めと)るなかれ」
ここでいう「女」は「魅力的な話」を指します。
なので易経は「その甘い話に乗ってはいけない」と警告しているのです。
空から舞い降りた一枚のチラシ。
そこに書かれた「かんたんな討伐で100倍の報酬」「島のグルメが実質無料」という魅力的な話と出会うことから、物語は始まります。
小さな違和感は大きな問題へ
道家易の経典『周易闡真(しゅうえきせんしん)』には「霜を履(ふ)み堅氷(かたきひ)至る」という記述があります。
これは本来【坤為地(こんいち)】初爻(しょこう)の爻辞(こうじ)です。

ただ、【天風姤】の初爻に現れた一陰は、坤為地の初爻に通じる、と著者の劉一明は言います。
「霜を踏み固めればやがて堅い氷になるように、小さな違和感を放置していると大きな問題へと発展する」
といった意味になりますね。
ちいかわたちはラッコ先生にチラシを見せます。
歴戦の勇者であるラッコ先生はもちろん「怪しい」と違和感を覚えます。
しかし島限定スイーツの魅力に負け、違和感を無視してしまうのです。
- 魅力的な話に乗ってはいけない
- 小さな違和感を放置すると大きな問題に発展する
これらを無視し、ちいかわたちは島へ向かうのでした。
ともにながく……
いつまでも絶えることなく 友だちでいよう
「今日の日はさようなら」金子詔一
彖伝の「用て女を娶るなかれ」には続きがあります。
「用て女を娶るなかれ、与(とも)に長くすべからざるなり」
これをここまでの流れに沿って訳すとこんな感じになります。
「ながく一緒にいたければ、その魅力的な話に乗ってはいけない」
この物語のすべてを内包しているように感じたため、【天風姤】を本卦とさせていただきました。
変爻【三爻】災い転じて…/『3』という数

【天風姤】三爻の爻辞をざっくり要約するとこんな感じ。
「居心地が悪く、動くに動けない状態だが、そこのことがかえって災いを遠ざける」
これはくりまんじゅう先輩とシーサーのことですね。
初日の夜、くりまんじゅう先輩はひと口ぶんの麺と紅ショウガ一本だけの焼きそばでビールの大半を飲み干していました。
あのペースで飲んだらそりゃ二日酔いになりますわな。
じっとしていても気分が悪く、かといって動き回ることなどもってのほか。
シーサー手製のゆし豆腐を食べながら、じっくり養生するしかありません。
また、そもそも討伐や報酬などに興味がないシーサーは、目当ての島ラーメンを食べたことで島にきた目的を達成済み。
あえて動く必要もありません。
動けなない、あるいはあえてその場に留まることで、ふたりは島の大騒動からうまく距離を置くことができたのでした。
キーナンバー『3』
今回三爻を選んだのは、結果論です。
後述する之卦【天水訟】を得るため、便宜上三爻選んだのであって、三爻という位や爻辞には一切注目していませんでした。
しかしこの「3」という数字が、この映画ではそこそこ重要に思えます。
映画以前の話ではありますが、ちいかわ、ハチワレ、うさぎという三人組。
そこにラッコ先輩を加えた組と、モモンガ×古本屋さん、くりまんじゅう先輩×シーサーの3グループ。
元は三人組だった人魚。
リズム感のある者たち三人。
そして単三電池。
偶然得た「3」という数字ですが、案外この映画におけるキーナンバーなのかも。
之卦【天水訟】正しくとも行き詰まる泥沼の争い

争いの卦【天水訟(てんすいしょう)】の卦辞はこんな感じです。
「孚(まこと)ありて塞(ふさ)がる。惕(おそ)れて中(ちゅう)すれば吉。終えんとすれば凶。大人(たいじん)を見るに利(よ)ろし。大川(だいせん)を渉(わた)るに利(よ)ろしからず」
(誠実であっても行き詰まる。途中で引き返せばよいが、やり遂げようとするとよくない。立派な人物に相談するとよい。大きな事を成し遂げるべきではない)
孚ありて塞がる。
【天水訟】の『訟』は『訴訟』の『訟』ですから、これがなかなか面倒な争いになることはなんとなく察してもらえるかと思います。
報酬を偽ってでも救援を求めなければならないほど、追い詰められた島民。
ある日突然仲間を奪われたセイレーンの怒り。
セイレーンの過失によって瀕死となったフタバを救うために取ったヒトハの行動。
それぞれに主張すべき正しさはあり、それぞれがぶつかり合っている状態です。
甘い話に乗った結果、ちいかわたちはそんな泥沼の争いに巻き込まれていくのです(姤之訟=天風姤から天水訟へ之く)。
惕れて中すれば吉。終えんとすれば凶。
「あ、これはマズいな」と思った時点で立ち止まり、引き返せば難を逃れられます。
実際グレーの子たちはさっさと逃げ去り、難を逃れました。
一時的にではありますが、身動きのとれなかったくりまんじゅう先輩たちも、騒動には深く巻き込まれませんでした。
対して島に残り、依頼を遂行しようとしたちいかわたちは、とんでもない大騒動に巻き込まれてしまいます。
報復を断行しようとしたセイレーンは激辛カレーを食べさせられる憂き目に遭い、秘密を守りきったヒトハとフタバの未来にも暗い影が差します。
そしてセイレーンを追い出した島民たちもまた、豊かな資源を失うことになるのでしょう。
大人を見るに利ろし。
残念ながらこの島には、彼らを仲裁できるような大人物がいませんでした。
なので争いは行き着くところまでいってしまいます。
大川を渉るに利ろしからず
この「大川を渉るに利ろし(利渉大川)」という表現は易によく出ます。
大きな川をわたる→大きな決断や大胆な行動をとる、という意味になります。
今回は「よろしからず(不利)」なので、大きな事を成し遂げるのはよくない、ということになります。
セイレーンを討伐して困っている島民を救う。
このような大事業が、必ずしもよい結果に繋がらない、ということですね。
互卦【乾為天】意気込みはよいが、やりすぎ注意

易経には『互卦(ごか)』という読み方があります。
初爻と上爻を排し、二・三・四爻と三・四・五爻で卦を再構築します。
そうすることで事象の内実を見る、というものです。
【天風姤】の互卦は【乾為天(けんいてん)】
易経六十四卦のトップを飾る卦であり、すべてが『陽』で構成されています。
初爻から始まる爻辞は、地の下に潜っていた竜が顔を出し、力をつけて天へと舞い上がる物語。
大変勢いのある様子を表しており、基本的には大吉卦なのですが……。
いき過ぎれば後戻りできず後悔する
【乾為天】の最上位、上爻(じょうこう)の爻辞にはこうあります。
「上九。亢竜(こうりょう)、悔いあり」
「天を超えてさらに高く登った竜は、地上へ降りられなくなり、後悔する」
そんな意味です。
ドラゴン紫龍が山羊座のシュラを倒すために繰り出した自爆技『廬山亢龍覇(ろざんこうりゅうは)』の『亢龍』はまさにこれです。
すみません、話が逸れました。
船の上で意気込んで資格の勉強をしたちいかわは、船酔いに苦しみます。
初日の晩に飲み過ぎたくりまんじゅう先輩は、二日酔いで身動きが取れなくなります。
セイレーンから逃げる際、勢いよくオールを漕いだうさぎは、岩に乗り上げてボートを破壊してしまいます。
セイレーンのせいで瀕死になったフタバを助けるためとはいえ、人魚を殺して食べたヒトハたちは、のちに大惨事を引き起こすことになります。
報復のために島民たちを攫ったセイレーンも痛い目を見ます。
そしてセイレーンを追い出した島民たちもまた、その恵みを失って後悔する日が来るでしょう。
勢いがあり、自分たちなりの大義があろうとも、やり過ぎれば後悔するという戒めです。
いき過ぎず、踏みとどまれば吉
【乾為天】上爻のひとつ手前、五爻の爻辞にはこうあります。
「九五。飛竜(ひりょう)天にあり。大人(たいじん)を見るに利(よ)ろし」
(龍が天に昇るように素晴らしい状態。立派な人物(大人)に相談するとよい)
チラシを受け取ったちいかわたちが、ラッコ先生(大人)に意見を聞きに行ったのは、大変よいことでした。
あそこでラッコ先生が島限定スイーツの魅力に負けなければ、ちいかわたちは災いに巻き込まれなかったのですが……それだと物語は成立しませんね。
激辛カレーに悶絶するセイレーンを取り囲む島民たちを見て「ほんとうに正しいんだよね? 討伐するのが……」と戸惑うハチワレ。
あのときハチワレたちが勢いにまかせて突っ込んでいれば、ラッコ先生や島二郎もあとに続いたかもしれません。
その結果、さらなる惨劇が生まれるおそれもあったのですが、ハチワレの言葉とともにちいかわたちが踏みとどまったことで、あの場はひとまず収まったように思います。
ヒトハとフタバの秘密を知ったちいかわは、知られたことを察したふたりが強く手を握り合うのを目の当たりにし、沈黙を守りました。
あそこでハチワレにその秘密を告げていれば、うっかりもののハチワレは大声で叫んだかもしれません。
行方不明となった島民の捜索が続くことを、ラッコ先生は島二郎から聞かされます。
島民がすでに食べられていることを知るラッコ先生、そしておそらく察しているであろう島二郎は、なにも言いません。
真実を告げることが必ずしも正しくないことを、大人たるふたりは知っているのでしょう。
いき過ぎずに踏みとどまることの大切さを、ちいかわと【乾為天】は教えてくれます。
余談ですが、コミック版だと最後の最後にちいかわが、懲りずに亢竜的なことをやらかします。
綜卦【沢天夬】排除されるもの

『綜卦(そうか)』は本卦の初爻から上爻までを180度回転させたもので、「反対側、あるいは異なる視点から卦を見る」という意味があります。
【天風姤】の綜卦は【沢天夬(たくてんかい)】
初~五爻の陽が、上爻に残った陰を押し出すという象(かたち)です。
また【沢天夬】の『夬』に『さんずい』を合わせると『決』になることから、『決する』という意味もあります。
頂点に居座る者を排除する、と読まれることの多い卦ですが、この場合「排除される側」だけでなく「排除する側」も大きなダメージを受けます。
邪魔者がいなくなってめでたしめでたし、とはいかないのが【沢天夬】の厳しいところなのです。
セイレーンは去り、島民は残る
この映画において「頂点に居座る者を排除する」といえば、島民とちいかわたちによるセイレーンの討伐ということになるでしょう。
結局討伐まではいかず、セイレーンは島を去ります。
その結果セイレーンは、味が濃くて脂っこい島の料理をもらえなくなります。
が、セイレーンの歌で潤っていた島もまた、その恵みを失います。
冒頭、歓迎の際には「わたあめ」「ビール」「じゃがバター」「すきやき」「たこやき」「ケバブ」「てりてりソースの焼きそば」と、豊富にあった島の名産。
しかし送別の際には「貝汁」と「貝汁カレー」だけになっています。
映画を見ていたときは「いや貝汁と貝汁カレー何回繰り返すねんw」と笑っていましたが、その意味に気づくとなかなか厳しいものがありますね…。
易はこういう異なる視点から見える景色もしっかりと教えてくれるのです。
錯卦【地雷復】残された希望

『錯卦(さっか)』は『裏卦(りか)』ともいい、本卦の陰陽を反転させたもので、事象の裏に潜むものを表します。
【天風姤】の錯卦は【地雷復(ちらいふく)】
五陰の下に一陽のある象です。
暗闇に一筋の光が差し、厳しい冬が終わり春が芽吹くことを表す『一陽来復(いちようらいふく)』の語源となった卦です。
暗闇に射す一条の光とはなにか。
そう、島二郎ですね。
彼はこの映画における裏の主人公ともいえる存在なのです。
絶望の先に現れる小さな希望
仲間をセイレーンに攫われ、ひとりぼっちになったちいかわ。
その前に突如現れたのが、島の奥地で飲食店を営む島二郎でした。
彼の出す貝汁と貝汁カレーによって復活したちいかわは、島二郎とともに仲間たちの救出に向かいます。
また、この時のカレーが対セイレーン戦の突破口にもなるのでした。
島に残った最後の光
セイレーンが去った島は、豊富にあった資源を失います。
数々の名産は消え去り、残ったのは島二郎の「貝汁」と「貝汁カレー」のみ。
しかし島二郎の存在が【地雷復】なら、それを足がかりに島は少しずつ復興していくのではないか。
そんなふうにも考えられるのです。
易経なら他の見方もできる
今回は【天風姤】を本卦とし、之卦や互卦などを使って物語を多角的に見ていきました。
これを書きながらふと思ったのは本卦【天風姤】から始まる『十二消息卦』で物語の展開に沿って読み解いていくのも面白いなと。
なんにせよ易経を使った物語の読み解き、はじめての試みでしたが大変楽しく書けました。
読んだみなさんにも楽しんでいただけたなら幸いです。
同日に見た「バックルームズ」「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉」の読み解きもそのうちやりたいなと思いますので、お楽しみに。
ちなみに「バックルームズ」は【地水師】「まどマギ」は」【地火明夷】で読み解いていく予定。
需要がなくても書きます。
楽しいので。
では!

